新入社員

大学時代にバブルが崩壊してしまい
就職することが難しくなっていく時代に
幸か不幸か、就職できてしまいました。


一応、理系の学部卒ということで
バブル崩壊直後でも就職がなんとか
出来る時期だったとも言えるかもしれません。


大学時代は関節リウマチも卒業してしまった
かのように、サッカーをしたり野球を
したりと肉体的にもかなり活発に活動
していて、就職後もなんとかやっていける
だろうと高をくくっていたと思います。

こちらは、目次になります。

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1年という研修という名の肉体労働

就職先は製造業でした。


入社前に1年間の研修期間があります
と伝えられていました。


工場内の各部署で1年間働いた後、
配属先を決められるようになっていました。


私の希望部署は研究開発部でした。


肉体的にも現場で働き続けられる
ほど体力はないと思っていましたし、
大学時代に研究室を選んだ理由も
研究開発部に所属できるような研究室を
選択したわけですから。



実際に入社した会社というのは
研究室の教授と縁のある会社でしたから。


もちろん、入社前に関節リウマチで
変形してしまった関節もあることは
伝えていました。



とはいえ、研修期間は決められているので
その期間は頑張っていこうと思っていました。


2~3週間は座学でしたので当然、
関節が痛くなるということはありませんでした。



まぁ当然ですよね(笑)



当然とはいえ、初めて正社員として働き始めた
のでかなり緊張していたとは思います。



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ファクトリーワーカー!

工場内の様子

座学での研修が終わった後、
工場内での各部署で研修が始まりました。


同期の人たちとは同じになることなく
一人で研修先の部署で働くことになりました。


始めのうちだからということで、
ごく簡単な作業をすることになりました。


やること自体は、とても簡単でした。


とても簡単でしたが、私の肉体としては
簡単にやり続けることは出来ませんでした。



どんなことをやっていたかというと、

10~15kgくらいのものを持ち運び、
そこに載せられているものを型と製品を
外していくという作業でした。


型に入っているもの、ひとつひとつは
軽いものですが、その型をはずしていく
のはある程度のスピードを要求されて
いました。


そんな作業を9~15時くらいまで
行っていました。


残りの時間は、洗浄された後の型を
きれいにする作業でした。


15時くらいまで行う作業が日を追う毎に
苦痛になっていきました。


重いものを持ったり、製品を型から
外したりと手首にとても負担となりました。

手が痛い


手首の関節がかなり固まっていて
動かない手首に大きな負担となり
徐々に痛みが強くなっていきました。



手首だけならまだ良かったですが
指も徐々に痛めてしまうようになりました。


最悪ですね・・・


その当時は、内科の病院へ通っていました。
抗リウマチ剤もなかったはずです。



今までは消炎鎮痛剤でなんとか過ごして
いましたが変更せざるを得ませんでした。

ステロイド投与の投与

大学時代は、ほとんど病院へ行っていなかった
にもかかわらず、就職後は定期的に通院して
いました。そのときは内科でした。


体調が悪くなっていくことで、消炎鎮痛剤を
増やした時期もありますが痛みが止まりません。


リウマチ特有の関節の腫れも引かない
ため、薬を変更することになりました。

ステロイド剤


その内科医はステロイド剤を飲むように
私に処方してくれました。



1日に1回の服用でした。


もちろん、ステロイドは関節の痛みや
腫れに対し効果を発揮してくれました。


効果はありましたが、
薬の効いている時間は
24時間ではなかったんです!


24時間、効果が続かないということは
効果が切れてしまう期間が1日の中に
あるわけです。


痛みを感じながら寝たくないという
こともあって、夕食後の服用でした。


働いている間、午前中は何とかなっています。
午後も15時過ぎからだんだんと症状が
現れるわけです。


15時を過ぎると、だんだん体が熱っぽく
なり、自宅へ帰ったあと熱を測ると
つねに38℃を超えていました。



両手首、指に痛みが出ていることは、
担当部署の課長には伝えていたので
重いものを運ぶようなことは
少しずつ減らしてもらってはいたものの
ステロイドの切れる時間にはつねに
熱が出るようになっていました。

研修期間中の違う部署への異動

約3ヶ月間、はじめの部署での研修後、
別の部署での研修が始まりました。


別の部署では製品の加工をするため
かごのようなものにセットする作業
をすることになりました。


その部署では、同期の人も一人いました
が、別の場所にいるので話すことはありません。


手に取るすべてのものが、軽いもの
だったので徐々に関節の痛みが無くなって
いきました。



夜勤(2時終わり)もありましたが、
はじめについた部署のように
リウマチによる関節の痛みや腫れ、
朝のこわばりなどあまり出なくなって
いました。


もちろん残業もありましたが、
なんとかやっていました。


ステロイドも飲んでいましたが、
以前のように薬の効果が切れた後も
熱が出るようなことがなくなりました。

体調 上向き


残業代も稼げて嬉しかったし、手取りの
給料も上がっていたので、それなりに
仕事も楽しめていたと思います。


また、3ヵ月後は別の部署にて仕事を
しましたが、あまりの単純作業のため
1日がとても長く感じることもありましたが
体調が悪くなるようなことがなくて
気持ちも落ち着いていました。

配属部署決定、そして自分の意思も固まる

ちょうど3つ目の部署で働いていたとき
4月からの配属先の決定が知らされることに
なりました。


同期とは言えないものの、4月入社で
中途採用されていた人が研究開発部へ配属
されていたので、ずっと不安でいました。


配属先を伝えてくれた人が
どこの課の課長だったかは忘れましたが、
最初に研修先に選ばれた課に配属される
旨を伝えられました。


重いものを持ち運びする必要のある課です。



配属先を言われたときに私が聞いたことは

  1. なぜ希望部署への配属がされなかったか
  2. 医者からの診断書を渡しているのにどうして肉体労働をし続けなくてはいけないのか


1については語られることはありませんでしたが
診断書の件については話してもらえました。

課長との面接


肉体労働は出来ない旨が書かれていると思って
いましたが、

肉体労働を行うことを避けたほうが望ましい



この望ましいとされていたことで
配属が決定したということでした。


望ましいとかかれていたので、避けなきゃ
いけないわけではないでしょ?

ということでした。


その配属が言い渡された約半年後、
その会社を辞めることにしました。


ちょうど夏のボーナスをもらってから
辞めました。

初めての就職を振り返って

研究職に結局なれず、会社の対応にも
不信感を持ってしまったため、
辞めることになりました。

会社の対応



会社の対応、



望ましいから避けなくてもいい、
絶対にやらせてはダメだとは書いていない
から会社の都合で事を進めていく。


会社としては正しかったのかも
しれないですね。希望と違う配属先
にすることのメリットは会社側には
あったのでしょう。

医者


それよりも、私と医者との間の関係性、
診断書に書かれている内容に
もっと積極的に関与するべきだったのかも
しれません。



今後も、随所にこのような甘さがでてきますが(笑)


会社を辞めたことにより、大学時代に
学んできたものが今後、活かせなくなって
しまいました。


そのため、新たに自分にスキルをつけるため
英語の勉強をすることにしました。


そのときの話はまた後日に。


今回も読んでいただきありがとうございました。

時間に余裕があれば、
下記の記事もあわせて読んでください。

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