とある市民病院で左肘の関節が緩んでいること
指摘されました。その当時はその重要性を
まったく理解していませんでした。


よーく思い出してみると、この時期、
スポーツジムにも通っていたんですよね。

ジムでのトレーニング


ただ、定期的に通うだけのモチベーションが
続かなく中途半端なところで辞めてしまいます。


人生に“もし”というのはない訳ですが、
もしスポーツジムへ通えるだけの余裕があれば
と思います。


こちらは目次になります。

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実家も緊急事態!家業を手伝うことに

まずは経理など事務作業から

実は父も事業をやっていて次男が手伝って
いました。


手伝っていましたが、おばあさんが事務的
なことができなくなったので次男だけでは
手が回りません。


そこで母の仕事も事務的なことをやっていた
私に仕事の依頼がありました。


いろいろな諸事情があって、結局手伝うことに
なりました。


電話番、銀行とのやり取り、仕入先への支払い
取引先への請求書発行・入金の管理
給与計算、仕訳などを行いました。


たまに新しい設備などを導入するときの見積もり
をとることなど、体に負担にならない、リウマチ
が悪化しないような仕事が主でした。

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仕事が落ち着いてくると現場の作業も・・・

作業といっても簡単な作業でした。
機械に材料を載せて、ボタン一つで加工終了!


材料の大きさ次第で、重たかったり軽かったり
作業自体は何とかなりました。


自分で作業量をコントロールできましたから。


ところが、これがペアになって作業を行う
ことになると、そういう訳には行きません。


流れてくる製品を積んでいく作業がありました。


その作業を2時間程度やっていたときに
左肘をかなり痛めてしまい、1ヶ月程度は
痛みが引きませんでした。




整形外科の病院にも通い、抗リウマチ剤を
一時期飲んでみましたが、アレルギー反応
が出て中止。

抗リウマチ剤 リウマトレックス


リハビリにも通う時間がなく、
左肘がだんだんと伸びなくなってしまいました。



結局、痛み止めだけでは何ともなりませんでした。

ある意味、取り付かれていたのかも・・・

ちょうど、父の仕事を手伝い始める2年前
からある新興宗教に入っていました。

お祈り


リウマチになぜなってしまったんだろう・・・
自分の行いが悪かったからなのか
誰か、助けてくれる人がいるなら助けてもらいたい


そんな気持ちが入ってしまった動機だと思います。


忙しい仕事の合間、時間があれば数時間だけでも
と近くの支部へ通っていました。

遅いときには帰宅時感が深夜になることもw



そんなことをやっていれば、疲れは取れません。


新興宗教をやっていたことは誰にも話さず、
黙々とやっていました。


○○を受けるとリウマチも治るよ!!!


なんていうこと言っている人もいました。

移動中の交通事故

父の仕事を手伝ってはいたものの、
合間を縫って母の仕事も手伝っていました。


ちょうど、どちらの仕事でも外出する
用事があったので自家用車で移動することに
なりました。


そのときに、いつも渋滞しないような場所で
前の車が止まっていたので、当然ですが
車を止めました。


そのときに、後ろから他の車に衝突されました。

交通事故


事故が起こることを予測できなかったので、
首を痛めてしまいました。


いわゆる鞭打ち症ですね。

鞭打ち


首も痛めましたが、お財布も痛めましたwww
自家用車は廃車で急遽、車を買う必要が出てしまいました。


事故後、弟からはいろいろと嫌味を言われる
ことになりまた。

父の家業を辞めることに

父の家業を手伝い始めて2年後には
多分、年間300日近くは働いていたと思います。


一般企業に正社員で勤めていたら
ブラック企業
扱いになってしまいますね(笑)


会社が動いているときには
集金や配達、納品書を書いたり、生産の手伝いをしたり
会社が動いていないときには
帳簿をつけたり、生産が間に合わないものを
機械を動かして翌週の生産が滞りなくいくように
していました。

自宅で帳簿付け


給料はあまり変わらなかったですが・・・
残業代もまったくもらっていなかったです・・・


労働日数のことや他の要因もありますが、
どうしても肉体労働もやっていかないと
間に合わない状況だったので
リウマチには良くないと思い、辞めることに
しました。


辞めると同時に実家を離れることにしました。


両親の仕事を手伝うのではなく、
会社に勤めて自分を試してみたいと
思うようになっていたのもあります。


働いていること自体は、とても好きでした。


ただ、一家がそろって家業で働いていたら
何かあったときに困るんじゃないか
とも思って、別の仕事を探すことに
しました。


実家にいれば、仕事を探すのに支障があります。
仕事探しが片手間になってしまう場合もあります。

急がしいから手伝って!



ってこともありますから。

父の仕事を手伝っていたときを振り返って

やっぱり、肉体労働はできないんだなぁ
と思いました。



市民病院で左肘の緩みを指摘されたとき、
もっと体を大事にするように心がけるべきでした。


もちろん、父の仕事を手伝うときも
肉体労働をやらないことで手伝っていけば良いと
思います。今ではね。


たくさん手伝っていくことで、いろんな人から
認められたいと思っていたことも大いに
あると思います。


リウマチであったことの引け目が、他人に認められたい
と思うことに拍車をかけたところもあるでしょう。



どちらにしても、仕事を辞め実家を出てしまいました。

仕事を辞めたけど、次の当てがあって辞めたわけではありません(笑)



数ヶ月は一人アパートで何もせず暮らすことになりました。

一人暮らし


そんなときに、思わぬ幸運がやってきました。


この続きは、後ほどお伝えします。


最後までお読み頂きありがとうございました。

もし、時間に余裕があればぜひ下記の記事もお読みください。

オーストラリアから帰国後、リウマチは安定していたが・・・

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