30半ばにして一人暮らし、職なし
アパートで一人、就職先を探しながら
たまぁーに新興宗教の支部へ行くという
漫然と過ごしていました。

一人暮らし


かなりだらけた生活でしたね。


その前まで忙しくしすぎて何もやる気にならない
みたいな感じでした。


そんな生活をしていましたが、ひょんなことから
就職が決まってしまいます。



こちらが、目次になります!

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おお神よ!われに職を与えたもうのか・・・

それは宗教団体の支部へ行っているときの話しです。



信者Aさん『パトさんって英語話せたんじゃなかったっけ?』
パトさん 『はい!ある程度はw どうかしたんですか?』
信者Aさん『Fさんが働いているところ、年度末の処理が出来なくて困っているみたいなの。英語が話せる人でないと出来ないみたいだから連絡取ってみたら?』



なんて話が進んでFさんに連絡することに・・・


直接、正社員としては雇えないみたいで派遣会社に
登録して面接を受けることにしました。





面接は取締役の二人で一人はドイツ人!

ドイツ人 取締役


英語での面接は、彼の発音が分かりにくく
結構ちんぷんかんぷんな回答をしてしまいました。


同行してくれた派遣会社の営業の人に
なるべくいい時給で雇ってもらえるよう頑張りますと
言われて分かれました。


数時間後、相手先からOKの連絡をもらい翌月から
働き始めますと伝えたら


派遣会社の営業さん『明日からでもお願いしたいそうです!』


と言われてしまい、結局面接の2日後から働き始めることになりました。

数ヵ月後にはFさん退職

勤め始めてから数ヵ月後に本社が移動することになりました。


本社が移転する前までは電車での通勤が可能でした。


本社が移転した後は1ヶ月間、電車・バスでの通勤を
試してみましたが、乗り継ぎに時間が取られ過ぎて
自動車での通勤に切り替えました。


自動車通勤にしても移動に1時間半くらいかかりました。


本社移転で同じように通勤時間が長くなってしまい
Fさんは辞めることになってしまいました。

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ここから、大変な状況に身をゆだねることに

勤めていた会社は合弁会社、ジョイントベンチャーの
会社でした。2社から共同出資を受けて誕生した会社でした。


代表取締役はその2社から出向されてきた人です。


私の仕事は経理を含む事務を担当、Fさんは秘書業務を
中心に仕事をしていました。

秘書


彼女がいなくなって電話を取ることから、会社が大きく
なっていくことによる備品の調達や人員の受け入れなど
営業や開発以外の仕事はほぼすべてやっていました。
会社が機能するように。


そして、Fさんの後任の人は1年間に4名代わりました。
その度に1から後任の人の教育をしなくてはいけません。


勤務時間は9時に始まり20~22時に終わるという日々を送っていました。
それにプラス通勤時間ですから土日は寝ているときが多かったです。

残業で疲れた様子


はっきりいってリウマチのことを考える暇すらなかったです。
この時期は2~3ヶ月に1度、土曜日に病院へ通っていただけです。


薬をもらって痛みが出たときだけ飲むようにしていました。


実際は痛みが出ているときだけが
リウマチが悪くなっている訳ではないんですが・・・

引越し、転医、そして生物製剤

とても忙しい毎日を過ごしていましたので必然的に
引越しをしたいなぁと思うようになりました。


アパート暮らしなので中古のマンションでも買ったほうが
いいかなぁと思いマンションを購入しました。


そして病院へ通うのも大変だったので近くの
病院へ通うようにしました。
通う病院を変えることを転医というそうです。


転医:現在、診察を受けている医者から、別の医者に変えること。
コトバンクより引用



病院を変えたもう一つの理由は、悪化していきそうな
リウマチを抑えるべく生物製剤を使ったらどうか?
という提案がありました。
設備が整った病院へ移ったほうが望ましいとも言われました。

転医した途端に罵詈雑言を浴びせられる・・・

怒る医者

転医先に紹介状を持っていき、診察を受けることになりました。


診察を受けると、紹介状に薬を定期的に飲んでいなかった
ことも書かれていてそのことに対し、言われる必要のない
ことまで言われ、叱責を受けこのような態度を続けるなら
病院に来るなとまで言われました。


気分的にはとても良いものではありませんでした。


そのことを言われてしまったことで、
良い子で薬を飲んでいくことになりました。

レミケードの投与開始、そして中断

1ヶ月に1度、会社を午前だけ休み通院していました。


レミケードを投与するに当たり事前検査
を受けました。


もう10年以上も前のことでしっかりと
覚えていませんが肺のMRIの検査
を行ったことは覚えています。
(ネットで調べるとツベルクリン反応の検査もするそうですね。
ツベルクリン反応の検査をした覚えはありません。記憶の彼方へw)

MRI


すべての検査にパスし、レミケードを投与することになりました。

点滴 レミケード


半年くらいは順調に投与できていました。


投与するときは仕事も半休をもらって病院へ行っていたし
ベッドの上で横になっていたので体も楽だし、たまには
寝られたので、レミケードを投与しているストレスは特に
ありませんでした。


ところが、いつもの通りレミケードの投与をしているときに
生死に関わるようなことが起こりました。


レミケードの投与の時には、必ず医者の方が点滴の針を
静脈に打ってくれていました。


その日も同じお医者さんに点滴をしてもらい、
前日も残業で遅くなったのでベッドでゆっくり寝ようと思いました。

病院のベッド


ところが、30分程度しても何故か寝られません。


その後、お尻の辺りがかゆくなってきました。


ベッドの上にダニでもいるのかなぁ・・・まぁいいや!


と再び寝ようとしました。


どれだけ寝ようとしても寝られません。


お尻の辺りのかゆみがどんどんお腹、背中、
最後には喉の内側までかゆくなっていきました。


何かおかしいと思い、ナースコールをして看護婦さんに
背中の辺りを見てもらい、お医者さんを呼ぶことにしました。


そのお医者さんからは



「アレルギー反応が出ているね。
今から点滴を中止しステロイドを流していきます」




アレルギー反応という言葉は、先生が言われた
言葉と違うかもしれません。
違うかもしれませんが、レミケードの副作用が出たこと
には違いありません。



その後、主治医とも話しもう一度だけレミケードを
別の日に行いましたが、同じ症状が出てレミケード投与
を中止しました。


レミケード中止後、エンブレルの投与も行いました。


エンブレルはご存知の方もいると思いますが、
自分でお腹などに注射をしていきます。


自己注射 エンブレル イメージ
画像はイメージです。実際のものとは異なります。


出来る限り痛くないように注射をするのが一苦労!
おまけに、冷蔵庫にエンブレルを保管しなくては
いけないので場所をとります。


しかも一人用のあまり大きくない冷蔵庫に1ヶ月分
を保管しなくてはいけないので、病院から帰ってきた
後の数週間は他の食材などをたくさん買えません・・・


エンブレル自体も結局のところ、
レミケードを投与したときと同じ副作用が出て
投与を中止することになりました。


派遣社員から正社員へ、ますます忙しくなる

話を仕事の話に戻します。


会社の従業員数はますます増えて、私の業務も
だんだんと増えていきました。


会社でしっかり内勤する必要がある人数は
私を含めて最低でも2名でしたが、私以外は
3~6ヶ月で辞めていく、もしくは辞めさせられました。


会社の取締役は、私が今すぐに会社を辞められると
困ると考えていたと思います。


そのため、会社に派遣社員として働き始め2年くらいで
正社員になることができました。


まぁそんな会社ですから、
仕事はどんどん増えていきました。


9時出社で21時の退社が普通で0時を過ぎても
帰れないこともままありました。

気付いていなかったことに気付かされる

パソコンの入力をしていて、ふとした時に
左手首を見ました。

パソコンでの入力


左手首を動かそうとしたときに、手首の外側
の骨がポキポキなっていたことは前から
知っていました。


ポキポキなっていることが、手首が動いている
証拠だと思っていたのですが・・・




まったく手首が動いていない!!!




正直な話、いつから左手首が完全に固まったか
分からないんです。



手首のレントゲン写真も痛みがあるときなどに
撮っていました。主治医(開業医も今の医者も)
たちは左手首が固まっていることをまったく
指摘していませんでした。


手首に小さい骨がありますが、そこの隙間は
中学時代には埋まっていたことは覚えています。


その固まった手首の骨と
橈骨(とうこつ)、尺骨(しゃっこつ)
この2つの骨は手首から肘までの2本の骨ですが、
関節としてあるべき隙間が一部を除いてまったく
無くなっていました。


父親の仕事を手伝っていたときかもしれないし
今働いている合弁会社でそうなってしまったのかもしれません。

鬱の上司

働き始めて2年過ぎたくらいから、直属の上司
が付くようになりました。

上司


ちょうど私が正社員になるときと同じくらいです。


はじめのうちは上司が出来て話しができて
楽になった部分はありました。仕事的にですね。


ところが、その上司は経理が専門ではなかったため
経理上、先に仕事を終わらせなくてはならない仕事も
彼の優先順位が高いものを優先させるように命令
し始めました。


たとえば税務関連の仕事などもです。


海外から受け入れた社員が帰国することになり
確定申告を行う必要がありました。


その仕事もさせてもらえず翌年へ持ち越すことに
なってしまいました。
翌年の確定申告をする責任者は私になり、
とてもやりきれない気持ちになりました。

会社を退職、左手首の手術へ

ある日、左手首が固まっていて一部だけ
骨と骨の隙間がある状態はあまり良くない
ということを主治医から指摘されました。


あまり急ぐことはないけど、その骨が
関節の動きを邪魔するから、今は必要
なくなっているので取り除いておいたほうがいいと。


そして手術をすることになり、
手術の日程をおおよそ決めて半年以上前に
退職することを会社に伝えました。

手術


退職した理由、
それは手術後、出社できない状態でも仕事を
させられそうだったから。



実際に、退職後も3回程度電話での問い合わせ
を受けていました。引継ぎ時間も含め半年以上
前に退職することを伝えたにもかかわらずです。



手術は成功しています。


ただ、そのタイミングでする必要性は
いまから振り返るとなかったと思います。

派遣社員から正社員へそして退職をして感じたこと

自宅を出て幸運にも給料面では良い仕事
につけたとは思います。とてもいい経験を
させてもらったと思っていますし、
充実もしていました。


病院を変更し、医師が言うことに対し
何も考えることなく、そのまま言うことを
聴いてしまっていました。

寂しい


それは仕事面でも共通することはあると
思っています。


たとえばレミケードやエンブレルを使用する
にあたってもっと下調べをして、投与するか
考える必要があったと思います。



対して仕事のほうでいくと、先ほど話した
確定申告の件でも、税理士だったり
上司の親会社の経理と話しをして
私が申告の仕事を進められるように
すれば良かったと思います。


今ではレミケード、エンブレルを
使用するくらいなら仕事を変える、
もしくは仕事量を減らせるように
交渉したと思います。



血液検査の結果を見返していても
そこまでする必要はなかったと考えます。


私、個人的にはですけどね。


次回で今までリウマチで経験してきた
ことの最後にする予定です。


なんか次回も今回の教訓が生かされていない
ので恥ずかしい限りですが・・・


最後まで読んでいただきありがとうございました。


ぜひ下記の記事も読んでみてください。

緊急事態!リウマチで左肘が伸びなくなる・・・

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